僕がマクロビをやめたわけ(とススメ)

体験談, 健康, 哲学, 工藤シンクの世界, 科学

二十代後半のひととき、僕はマクロビオティックにハマっていました。
まだマクロビの一般認知はまったくなく、むしろ『怪しい教え』や『宗教』のような扱いがされていた頃です。

現在ではマクロビは健康料理のいちジャンルのような存在感ですが、それは表層の一角です。
個人的にマクロビオティックは〝陰陽〟のガイダンスそのものであり、その系統建てと認知こそが最大の意義と考えています。

〝陰陽〟というと東洋哲学的な小難しいイメージもありますが、シンプルにざっくりと。
例えば[プラス/マイナス][拡散/収縮][ホワイトホール/ブラックホール]のような自然や宇宙の摂理、[大/小][高/低][明/暗]のような尺度、[善/悪][ポジティブ/ネガティブ][精神/物質]などの人間的観念、、、そこにある『二元論』とその〝両極〟とだけみれば。

その視点からとらえると、この世界の全ては〝陰陽〟につかさどられています。
それらを紐解く素晴らしきガイダンスのひとつが〝マクロビオティック〟というわけです。

ですから食事や健康についてはもちろん、人間関係や暮らしの様々、色・カタチ・デザインの意味、地理、社会情勢や相場変動など…ミクロからマクロまで、あらゆることに応用がききます。

僕はこの世界の森羅万象全てが〝陰陽(五行)〟のバランスと調和で成り立っていると確信していますし、そう確信できるきっかけをくれたのが〝マクロビオティック〟だったというわけです。

そしてその確信を得たとき、つまり『全てはマクロビオティックだ』と腑に落ちたとき、僕はマクロビをする理由がなくなったというわけです。
今では〝マクロビオティック〟はしていませんが、いでもどこでもマクロビをしている気分ですよ。
(『僕がヨガをやめたわけ(とススメ)』と同じですね。)


この世界を紐解くガイダンス、〝マクロビオティック〟は本当に素晴らしいものです。

世界の解像度が増し、腑に落ち、人生が楽になりますよ。

マクロビオティック、応用への入り口

マクロビといえば『健康食』、そして『玄米菜食』というイメージがあります。

それは日本人の体質や文化・気候風土においての陰陽バランスをみたときに、『センターにチューニングする』というところからきています。
医食同源・身土不二であり、心身の〝偏り〟こそが病気であるので、すなわち〝中庸〟を大事にする哲学が基本にあります。
一般的には健康とされる『ガンガンいこうぜ!』的な状態も『陽性に偏っている』という意味では病気ともいえますし、活動的過ぎた先には必ず歪みやリバウンドがくるものです。

マクロビの基本として『砂糖が良くない』『肉が良くない』とされるのは、それらの食品が陰性や陽性に偏っているからです。
もちろんそこには調理方法や素材自体の質、添加物や抗生物質、その製法や育成方法までにも縦横無尽に〝陰陽〟が絡み合っていますので単純な話ではありません。

そして当然ながら、人それぞれ、その時々の状態や体質により陰陽バランスは違います。
例えば熱帯に暮らす人は極陰性の南国フルーツを食べて健やかさを保ちますし、氷雪圏に暮らすイヌイットは野菜は食べず極陽性のアザラシや魚の脂身を食べて生きる糧とするように。

そのような観点からは『〇〇は良くない』ということも一概ではないということに気づけるのもまた、マクロビオティックの本質かと。

マクロビオティックの提唱者 桜沢如一氏がどう捉えていたかは今では知る由もありませんが、その黎明期に『肉は良くない』と強めの否定表現がされたのも、当時の日本人がわけもわからず西洋化に偏りをみせていたことへ強い警鐘を鳴らす必要があったからだとみています。
逆にいえば、その警鐘が〝マクロビオティック〟の誕生と存在意義を強めてくれていたのかもしれません。

 

本質的には、この宇宙には……〝陰陽〟世界には[善/悪]のジャッジなど存在しないですよね。

全てが相互循環し、バランスし、それが連続しているだけ。

そのニュアンスこそが有名な〝陰陽〟のシンボルマークからもみてとれるとおもいます。

((余談ですが…そんな〝陰陽マーク〟を球体として3次元的に、さらには4次元的に解釈できるようになることが、人類の意識レベルが向かう次のタームだと感じています。〝周波数(波)〟〝トーラス〟〝フラワーオブライフ〟〝クラインの壷〟〝二八の法則〟などきっかけになるソースはたくさんありますが、まずここでは『ざっくりと』掴めるような画像を用意してみました))

マクロビオティックな世界へ!(基本からの応用)

さて、いちどここで基本に立ち返ります。

マクロビ的に[陰/陽]を見極める基本的な尺度は以下のような指針です。

[拡散/収縮][冷/温] [明/暗] [静/動] [湿/乾][軽/重][気体/硬体][長/短][細/太][高音/低音][上昇/下降][陰気・優しい/陽気・攻撃的][哀/怒][辛い・酸っぱい/しょっぱい・苦い][女/男][紫・青/黄・赤]

特に難しいこともなく、基本的にはありふれた反意語が並んでいますよね。

まずは知識としてこれらの〝陰陽〟を意識し、普段の暮らしを眺めてみると面白いです。
そうしていくと…科学的にも、感覚的にも、その摂理やバランスが〝陰陽〟として腑に落ちてきます。

『白くて甘い砂糖を焼いたら黒く焦げて苦くなった』
『仕事に集中しすぎて心身が凝ったので、冷たいビールを飲んでリラックスした』

のような日常的で当たり前なこと全てが〝陰陽〟として相関しあっている。

『仕事に集中(陽性)したあとのビール(陰性)は旨く、心身をやわらげ、ビールには焼肉(陽性)がよくあい、肉には塩や生姜やニンニクや甘味のハーモニー(陰陽複合)が、、、、というような当たり前のことなんです。
逆にいえば、寒い冬に心身が萎えている状態でビールを飲んでも『旨い!』とはならないという、実に当たり前のことなんですよね。

さらには陰性といわれる〝ビール〟ひとつを切り取っても、、、ジョッキに満ちるその液体には様々な〝陰陽〟が存在し、原料や製法などどこまでも相関していきますので、、、まさに『ビールに宇宙を感じる!』というレベルですし、、、つまりこれは『全てが宇宙だ!』と感じるレベルでして、、、つまり『全てが〝陰陽〟だ!』ということに帰結するわけです。

〝料理〟の『美味しい』『相性がいい』『効果がある』なども然るにそれそのものであり、つまりは全てが『マクロビだ!』ということに帰結してしまうんです。 

さらに見逃してはいけないのは、『全ての〝二元論世界〟は相対的』という観点と尺度だとおもいます。
科学的にもアインシュタインの[相対性理論]は重要な尺度です。

簡単にいえば、
・ジャガイモにしてみたらニンジンは『長い』けど、ダイコンにしてみたらニンジンは『短い』
・同じ部屋にいるのにエアコンの温度設定が『寒い』『暑い』と意見が分かれる
・Aさんのお金が『増えた』分だけBさんのお金は『減る』、では損得は?
・『正義』の数だけ『悪』があり、逆の立場にしてみれば『正義』こそが『悪』であり、、、
みたいなところでしょうか。

それぞれの世界観…[視点]や[立ち位置]や[目的]あってこそ、そもそもの[設定]や[起点(0)]のとりかたや[方向性(ベクトル)]あってこそ。

全てのモノゴトには相対し相関するエネルギーがあり、バランスし続けている……科学でいえば〝エネルギー保存の法則〟に通じてくるとはおもいますが、とどのつまりは『世界は完璧な状態を保ち続け、変化し続けている』という真理的な心理の大事さ。

〝自分〟をセンターに世界を眺め、同時に宇宙から俯瞰で眺めてこそ、その完璧さのなかで〝自分のイマココ〟が明確になってくるのではないでしょうか?

 

さらなる応用のススメ

どちらにしても、健康であるためには心身に偏りなく〝中庸〟であることが大切なのは間違いありません。
しかし『中庸ばかりを目指す』こともまた『偏り』といえるカラクリが、まさに陰陽世界のダイナミズム。

〝中庸〟ということは、ある意味では『なんでもない』ということにも通じます。

マクロビオティックこそがそれを提示してくれているように、この世界は陰陽様々な個性と魅力に満ち溢れています。
だとすれば逆に求め見定め目指すべくは、〝偏り〟のほうではないか? とすら僕はおもうのです。

何事もない人生もいいですが、様々味わいつくし謳歌する人生もまた素晴らしい。

『ロックンロールは激しすぎるから』と拒絶していては、そのエモい世界を味わうことはできないですし、
焼肉とビールで乾杯! も最高じゃないですか?

逆説的には〝中庸偏り〟が過ぎれば、キャパの狭い世界しか味わえないのではないか? と。

良いか悪いか、好きか嫌いかは自分で決めることですけれど、『世界をなるたけ拡張し、選択肢と対応力を増やす』というのもまたいいものです。
自分の陰陽世界をどれだけ拡張しようともセンターは必ずありますから、チューニングの自在さを高めるのもまた素晴らしいものです。
(僕が娘に『なんでもありな人間になってほしくて』名前を[あり]とつけたのも、熊本につくった村を[サイハテ村]と名付けたのも、そこを大事にしているからです)

僕が個人的にマクロビで得た最大のありがたみは、前向きに選択できる〝自在さ〟こそなんです。

そうやって極めていけばいつしか、、、
『陰極まって陽となる』というような大技さえも自在に扱えるようになるんじゃないか? と、ワクワクするのです。

 

例えば。

一例として、一般的なマクロビではコーラは極陰性の『良くない』飲み物の代表です。

しかし僕は、デザイナーのお仕事としてビジネスマンたちと打ち合わせがあるようなときは、あえてビックマックを食べコーラを飲んだりしています。
いつも大自然の中でオーガニックなものばかり食べていると世間と感覚がずれてしまい、大衆の求めているチューニングができなくなるんですよね。
そもそも根本がずれて広告代理店やクライアントとの会話すらままならなくなりますので、マクドナルドやコーラのバイブスを取り入れ心身を都会的な大衆消費にチューニングするというわけです。
もちろんそれだけ心身が萎えますので、揺り戻しにも注力します。

興味深いことに、僕の知る魅力的なビジネスマンや活動家には『コーラ好き』も多いんですよね。
ある海女さんは海から上がるとまずはコーラを飲むといっていました。
アクセスバーズというヒーリングでも、疲れた脳や意識の回復にコーラを推奨しているそうです。

コーラはアッパーにキまる『極まった特性を持つ飲み物』で、その『特性』こそが世界に君臨するコーラたらしめていると。

全ては効果に対して相反する効果を伴いますから、毒であると同じだけ薬でもあるし、薬であると同じだけ毒だという、、、まさに〝陰陽〟ですね。

 

最後に

僕の嫁は云いました『ならば地球を丸ごと食べればいい』と。

くだらないかもしれませんが、まさにそれですよね。

 一度きりの人生、『地球をまるごと食べる』くらいの趣で生きたいものです!

 

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◉ 〝マクロビオティック〟もですが、〝ヨガ〟にも『本質であり全て』を感じます!

◉ 同じことではあるんですけど、〝科学的〟にはこういうことかと

◉ 〝陰陽〟において[白/黒(明暗)]はそのまんまですが、[紫-青/黄-赤]はピンとこないかもしれません。周波数としての両極でみれば、腑に落ちるかとおもいます。

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