〝菌〟にみる人間世界

工藤シンクの世界

 

複雑にみえる人間社会のあれこれも、自然の摂理やミクロやマクロな視点で紐解くと案外にシンプルだったりします。

その最たるものとして僕が特に参考にしているもの、それは〝菌〟です。

菌は大自然だろうが大都市だろうがどこかしこに、そして僕らの体内外にも、それこそ空気中にも溢れ…地球上で最大多数にして最も影響力のある有機生命体といえます。まさにミクロにしてマクロな存在。
菌類の活動は非常に興味深く、そこからは人間の生態や社会の縮図なども見出すことができるんです。

 

話としては、こうです。

菌には乳酸菌や納豆菌など様々な種類が存在しすが、学術的なある側面ではみな同じ〝菌〟であると括ることができます。
人間も、男・女・白人・黒人・日本人・アメリカ人・社長・サラリーマン・善人・悪人などなど…様々カテゴライズはできますが、括りとしては同じ〝人間〟であるというようなことですね。
僕らが〝〇〇菌〟と呼ぶのも、それら多様な菌たちの活動を人間視点から切り取った総称みたいなもので、[善玉菌][悪玉菌]や[発酵][腐敗]なども人間の価値観や括り方次第とはいえ…どちらにしても、菌たちは然るべき環境やバランスのなかで活動をし、個性を発揮しているのです。

このバランスがとてもおもしろい!

例えば人間の腸内には[腸内フローラ]と呼ばれ数千兆個もの細菌たちがビッシリとうずめいていますが、健康であるために求められるのは当然のごとく[善玉菌](と呼ばれる菌たち)です。
しかし[善玉菌]だけを集めても、その効果は発揮されないそうなのです。
然るべきバランスは[善玉菌]が20%。そしてなんと、そこには20%の[悪玉菌]が必要になるのです。『必要悪』という言葉もありますが、まさにそのようなことでしょうか。
さらに必要なのは…残り60%の『日和見菌(ひよりみきん)』と呼ばれる、無個性で善悪どっちつかずの菌たちなんです。
『日和ってる(ひよってる)』という言葉には「積極性がない」「思考停止している」「ビビってる」などのニュアンスがありますが、まさにそんな大多数の『なんとなく』な菌たちの存在こそも必要なバランスということです。

このバランスのなか、[善玉菌]たちが優位に活性化すれば全体性は〝善〟な活動となり…逆に[悪玉菌]たちが優位になった場合は[日和見菌]たちが〝悪〟方向に引っ張られ、全体的には〝悪〟の作用をしだすそうです。
(一般的に『健康』であるバランスは[善玉菌]:[日和見菌]:[悪玉菌]が2:7:1といわれていたりします)

どうでしょう? 人間たちの社会とそっくりじゃないですか?

人間社会でも[善][悪][どっちつかず]の割合であったり、例えば何かの括りにおいての[賛成派][反対派][どっちでもいい派]などはそんな風にバランスしてませんか?
さらには[反対派]というグループを抽出しても、その中でも[強行派][柔軟派][なんとなく反対派]みたいなバランスが…さらにその中を抽出しても……と、どう切り取ってもそんなバランスをみることができるかとおもいます。
学校のひとクラスを切り取っても、勉強や運動が得意なタイプから苦手なタイプ、真面目なタイプから悪ガキまで…様々な個性のバランスをみることができますが、どれかばかりが偏ることはないですよね。
『偏差値』や『平均』という指針こそもそれそのもの、特定の尺度で括りバランスを確認する行為そのものです。

このようなバランスは日常的にも様々なところでおきていて、みなさんもピンとくることがあるかとおもいます。

僕も皆から『楽天的・無責任』といわれるようなタイプですが、そんなタイプばかりが集まった場合は急に不安や責任感が芽生えてテキパキ段取りしはじめるようになったり…そういうことは多々あります。

逆にいえば、人間は〝その括り〟のバランスのなかで自分をポジショニングしているともいえるんじゃないでしょうか?

ナノテクノロジーの進歩により菌の研究も進んでいるそうで、その精度でみるならば[〇〇菌]と括られている菌のひとつひとつすら違う個性と働きをみせるし、その時々ですら善玉的に働いたり悪玉的に働いたりと流動的なものだということがみえてきているそうです。

人間に例えるならば…株式会社S○NYの鈴木さんは個人ではただの鈴木さんであり、休日はデートをしたりゲームに興じていたりもしてますし、善い面も悪い面もありますが、、、ざっくりと社会レベルで括ればS○NYという団体としての働きをしている…みたいなことでしょうか。

 

ビジネスにおいても『2:8(ニハチ)の法則(パレートの法則)』というのは有名です。
お金の動きや顧客の動きなどなど…さまざまなモノゴトのダイナミズムは2割の部分が制しているという考え方です。
これもビジネスだけでなく、おおよその事象にあてはめられる法則とされています。

特に経営者の方々はピンとくるかとおもいますが、チームもそうです。会社の大小に関わらず、社員全体には2割ほどの優良社員がいて、2割ほどのダメ社員がいて、6割ほどの淡々と働く日和見社員がいる…そしていくらダメ社員をクビにしたところで個性のスライドが起こり、全体のバランスは変わらないそうです。優秀な人材を多数加えても、それは同じことだと。

蟻の世界もそうらしいですよね。
蟻は働き者のイメージがありますが、実際にその中の20%はなにもせずになまけているそうです。
そして働き蟻たちを大量に排除すると怠け蟻たちが働きだし…逆に怠け蟻を大量に排除すると働き蟻たちの一部が怠け蟻になっていき…やはりそのバランスは変わらないそうです。

そうやって眺めてみると、気候や森、炎や水、エネルギー状態や物理学においても、人間たちの活動(社会)という視点においても、そのような法則やバランスはみてとれるかとおもいます。

この世の摂理はそんなバランスのなかにあり、僕らの目の前で興ることは全てその渦中の出来事なのかもしれません。

 

そのようなわけで、僕は様々な事象を…それこそ日々の人間関係や雑務、コミュニティや社会の動き、文化・文明・歴史の成熟など様々を〝発酵〟で捉えるようにしています。

それこそ〝発酵〟にたずさわる方々はピンとくるんじゃないでしょうか?

〝発酵〟の視点でモノゴトを眺めると、全てはプロセスとしてとらえられます。
変化しないものなどなく、全ては『創造~維持~破壊』のプロセスの複雑な絡み合いの渦中とすれば、現状はそのひとつの『状態』ということです。

 この視点を持つと未熟から完熟まで発酵段階それぞれの良し悪しも楽しめるようになりますし、ある視点からは『敵』や『害』にみえる存在すら〝必要〟であることもみえてきます。
〝発酵〟の失敗は〝腐敗〟ですが、さらに括りを大きく俯瞰でみたならば、どこかの腐敗ですらも全体としては必要なプロセスであることもみてとれるでしょう。
政治の腐敗があるからこそ、革命の機運が盛り上がる! というように。

この視点はミクロ~マクロ、過去~現在~未来、イマココの自分や世界を主観と客観を交えつつとらえることができるので人生の解像度が格段に変わることとおもいますし、『発酵促進』や『抑制』などのコントロールの力量もついてくるかとおもいます。

そうなってくると、大事なのは自分が何をどうしたいのか? ポイントは『目的』や『括り方』のほうになってきます。
ビジネスでいうところの『マーケティング』の観点でしょうか。

より大きな結果を望むなら、肝心なのは『より大きな括りを描き、適切に発酵を促し活性化させ、より多くの日和見菌に影響を与える』ということになるとおもいます。
発酵促進を急ぐこともできますし、じっくり時間をかけて発酵させることの良さもあります、、、どちらにしても〝完成〟や〝成功/失敗〟なども、所詮人間の意識が定めることでしかないのですが。

発酵は然るべき環境で、然るべきタイミングに、然るべきようにのみ進展していくもの。

そして僕らひとりひとりはいつだって、全体のバランスの中でひとりの〝自分〟をまっとうしているだけなのかもしれません。

75億の人間ひとりひとりが、それぞれに作用しあい、人類の発酵のプロセスの渦中を生きていると感じるだけでも、、、

この世界の完璧なバランス、そして素晴らしさがみえてきますよね。

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