《自分=自分以外》という視点のススメ

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■ 『〝自分〟とは〝自分以外〟のほうにある。』

この視点を持つだけで、この世界は、あなたの人生は劇的に変わります。

矛盾でしかないお話ですが、事実、これは全く転換した視点と発想を持つためのご提案。

非常にシンプルで簡単なことですので、お気軽に意識・実践してみてください!

■ 『自分は自分以外のほうにある』とは?

『自分は自分以外のほうにある』という発想は、簡単にいえば『自分が味わっている物事は、全て自分以外が味わわせてくれている』という当たり前の解釈からきます。

自分が感じ、認識し、判断し、味わっているこの世界……それらは全て『自分以外』からきているわけですから、『そちらのほうこそが自分』という逆転の視点と発想。

〝自分以外〟の全てを自分としてしまうわけで、
『世界は自分の写し鏡』
『全ては自分次第である』などの表現も、それそのものですよね。

とはいえ、目の前に同じ物事が起こっても捉え方は人によって千差万別・十人十色。

『この世界をこう認識し味わっているのは、あくまで〝自分〟一人だけだ』という再認識でもあります。

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■ そもそも〝自分〟とは?

そもそも、〝自分〟とは何なのでしょうか?

物理的に〝自分〟とはどこまでが自分なのか? を考えてみましょう。

〝自分〟といえばまず、自分の身体を連想するとおもいます。

でも例えば、自分の髪や爪を切ってしまえば、もうそれを〝自分〟とは思わなくなるでしょう。

では、右腕が離れ落ちたら?
そのときは大切な〝自分〟の一部が離れてしまったと思うでしょうが……それがいずれ朽ちゆき土に還りゆくならば、いつしかそれを〝自分〟とは思わなくなることでしょう。

では、自分の下半身が離れ落ちたら?
下半身が無くなっても、生きている以上は、〝自分〟は残された上半身のことです。

目や耳が失われても、臓器を人工臓器で補ってでも、生きている限り〝自分〟は続いている…
とすれば極論は、〝命〟そのもの… 言い方を変えれば〝魂〟こそが〝自分〟ということ。

〝生命(魂)〟を究極の〝自分〟の核ととらえるのならば、身体や感覚器官や脳すらも世界を認識し味わわせてくれる外部補助パーツです。

もしも外部補助パーツが無く、魂だけで存在しているのならば、、あるいは外界や他者が存在しないならば、、 私たちは何ひとつ認識することも、味わうこともできず、感覚も意識も感情も何も持ち得ないわけです。

ならば『自分が味わっている物事が自分を自分たらしめていて、世界を世界たらしめている』……

これが『自分は自分以外』という発想のベースになります。

■ 『自分は自分以外』という視点のススメ

この意識と視点をもつと、、世界が変わる! のかといえば、何も変わらないのですが、根底が大転換するともいえます。

僕はこの数年この視点で生きていますが、実体験として、これが相当いい感じです。

目の前の光景、会話している相手、起こっている出来事、、、それら全てが〝自分〟であり〝自分ごと〟になるわけです。
〝自分〟が〝自分以外〟全てと同化するわけですから、もはや善悪も損得もあったもんじゃありません。

どんな嫌なことがあっても、どんな嫌な人と向き合っても、、、それらはあくまで自分でしかないのですから、どんなことも『ありがたい体験として味わえる』という感じでしょうか。

世界への愛や解像度が増し、不安や心配がなくなるというか。
まごうことなくこの世界は〝ひとつ〟であり、統一されちゃうわけですから。
〝ワンネス〟ということにも通じるし、〝量子力学〟や〝引き寄せの法則〟などともつじつまがあってくるかと思います。

そのうえ、自身の身体、臓器、脳の状態のひとつひとつまで分離し客観視することにもりますので、その存在とありがたさを感じ、健康的な解像度も増しまていきます。

この世界は『自分が超えられない問題は目の前に現れない』などともいわれますが、まさにそのまんまですね。
世界の状態=自分の状態であり、自分の目の前に起こることに対する認識と判断は『今の自分の全ての範囲内』でしかないので、それ以上のことも以下のことも起こりようがないんです。

超えられない問題が起こるとしたら、それは生命が無くなるとき… 魂がただのエネルギーに還るときですね。

■  今、魂があなたを生きている

『自分を自分以外』とするなんて……最初は意味がわからなく、あまりの世界の膨大さにおののくかもしれませんし、まるで自分がなくなってしまうような怖れを感じるかもしれません。

だけど、やってみると、逆です。

むしろ超主観と超客観が同居することによりシンプルで研ぎ澄まされた〝自分〟が浮き彫りになってきます。
世界の違い、膨大さを受け入れたうえで、世界と同一化することになるので安心感も増していくかとおもいます。

世界がどんなだろうが、〝自分〟の一点でしかこの世界を味わうことしかできないことは何も変わないので、むしろ高純度の〝自分自身〟になっていきます。

人生には、嬉しいこと、楽しいこと、嫌な出来事、辛いこと… 生きているからには色々ありますが、何もなければ、本当に何もない。
虚無です、暇です。

逆にいえば、僕らはこの世界にそれを体験し、

今、魂が、あなたを生きているんです。

この視点を持つことで、あなたの人生をより深く豊かにしてくれると信じています。

是非とも〝自分〟と、この世界を存分に味ってみてください!

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◉ そもそも『この世界は自分の認識世界でしかない』ってことで、、、

◉ そもそも『〝自分〟という概念すら発明であり、無いものでもある』ということで、、、

◉ もそも科学的&物理学的にも(もちろん量子力学的にも)、世界はそうでしかないと、、、

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