〝性欲〟の意外性 …人間は教えられなければセックスできないの?

人間学, 哲学, 工藤シンクの世界, 男女

人間の三代欲求といえば〝食欲〟〝性欲〟〝睡眠欲〟。

性欲といえば、セックス。
生き物としての人間のひとつのモチベは間違いなく[子孫繁栄]なので、まさに肝となる欲求と行為。

ここで興味深いのが『人間は教えられなければセックスはできないのか?』という論議。
人間はセックスのハウツーを教えられなければその行為に至らず、成し遂げられないのか?
現代はコンテンツやAVなどでセックスの情報が溢れていますが、それらがなければどうなんだろう?

僕はよくみなにこの議題を投げかけてみるんですが、『出来る』『出来ない』の意見は別れます。
個人的には、適齢期の男女が惹かれあい、イチャイチャしていく先に……自ずと〝そこに至る〟のは間違いないとおもいます。異性に惹かれる… 心身の喜びや快感… それは学習不要ですから、あとは野生のおもむくまま、それぞれに、、
とはいえ現代社会のなかで頭でっかちに生きていたら、教わらないとその感覚が発動しない気もします。

どうなんでしょうね?

どちらにせよ、本能の〝性欲〟が発動してくれるからこその〝セックス〟ですが、
〝性的な興奮〟すら意外にも後天的に植え付けられた〝意識〟の産物だったりするということがまた、人間の複雑さ。

例えば日本人の性的興奮は、TVや漫画などのコンテンツから由来する部分が大きいといわれています。
パンチラや胸の谷間チラなどで萌えるのは、幼い時からコンテンツなどでそういう概念を、そういうチューニングをうえつけられているからだと。
日本のコンテンツはそういう演出が多いですからね(逆に海外のコンテンツではそういう演出あまりないですよね)。
スマホの写真撮影で、シャッター音が消せないのは日本だけだと知っていましたか?
これは盗撮が多いからということですが、、日本男児がどれだけムッツリスケベに育ってしまったのかということです。

確かにアフリカなどには女性が胸を丸出ししている民族などがありますが、男性はそれをみて興奮することはありません。
逆に、公では女性が目だけを露出して他を隠しているイスラム圏では、男たちはうなじや足首を見るだけで興奮するということも聞きます。
コロナ禍でみながマスクをしていた数年に思春期の成長を迎えた若者たちは、マスクを外した口をみるだけで興奮するようになったそうです(※2024年追記)

人間の興奮要素・エロティックゾーンは、本能とはいえ、多分に後天的な要素で育まれるということなんですね。

とあるアフリカの少数民族の話が興味深いです。
彼らの普段の格好は男女ともに紐を腰に巻いているだけ、男女とも胸も性器も丸出し。
つまり男女とも全裸同然。
しかしその部族の女性が夜に男性の前でその腰紐を外すようなことがあるならば……男はめちゃくちゃ興奮するそうです。

逆のベクトルとして、SMや変態プレイなどの、構築された〝意識〟と〝野性〟のせめぎ合いから興るクリエイティブな興奮領域もあります。

人間の意識と野性は計り知れませんね。

『セックスをして子孫繁栄にはげむ』
これは、私たち人間の本質。

『痛かったら手をひっこめる』『お腹が減ったら食べる』『環境を綺麗に保つ』『他人を傷つけない』などの行為や倫理・常識が、人間はどこまで本能のおもむくままに高められるのか…『野性の人間』の真価、非常に興味深いです。

まさにそれらの探求が〝#人間は意識の高い野性であろう〟とうテーマの本質かとおもいます。

まさにそれらの探求が〝#人間は意識の高い野性であろう〟といえるかとおもいます。

関連記事一覧